
妥協なき素材に向き合うシュテルレザーの職人技と、私たちが大切にしてきたものづくりの姿勢。今回の対談では、それぞれの領域で道を究める両者が、日々の仕事にかける想いや哲学を率直に語り合いました。最高峰のクオリティを支える、知られざる背景と共鳴の物語をお届けします。
[対談者プロフィール]
- 沼田 会長(株式会社ジュテル・レザー 会長) 創業87年の歴史を持つ老舗タンナーを率い、野球グローブの歴史とともに革の本質と「命の尊さ」を次世代へ伝え続ける。
- 菅原 和彦(神和株式会社) 少年野球の指導やチームでの経験を通じ、ものづくりの原点や感謝の精神に深く共鳴。大人のための新たな価値を模索する。
- 神藤 啓司(神和株式会社) 一流の革と職人たちの手仕事に魅せられ、元・野球人のロマンを形にする「観賞用グローブ」のプロジェクトを立ち上げる。

グローブの原点と革の命――歴史から紡ぐ新しい価値
会長との出会いと、工場見学の理由
菅原:お疲れ様です、お忙しいところありがとうございます。改めてよろしくお願いします。会長との出会いって考えてみると、何年前ですかね? 8〜9年ですかね?
沼田会長:そうですね。
菅原:ある人に「ちょっとこういう会社があるよ」っていうところで紹介されて。翌日練習だったんですけど、午前中こちらに名刺を置いて、その後お電話が来たんですよね。そこから一度お邪魔させてもらい、革についてのいろんな学びをさせてもらって。僕が携わっていたボーイズ(少年野球)でお邪魔させてもらいながら、定期的に毎年お邪魔させてもらって、子どもたちに本質の感謝というところを学ばせてもらっていますよね。
沼田会長:うちの工場見学をやっている理由っていうのはね、革作りっていうものを知ってほしいっていうことよりかは、「もともとこれは命があったんだよ」ということを再認識してもらうための工場見学なんですよ。それが野球チームとか、ものを大切にするっていう観点から「子どもたちに教えられる」っていうことから結構野球チームが来るようになったんですよね。監督さんとかコーチさん自身がまずうちに来て、「これを子どもたちに伝えたい」っていう趣旨から始まっていて、菅原社長もその一人になるんじゃないでしょうかね。
菅原:そうですね。僕が一番初めに来てすごく強烈な印象だったのが、野球やっててグローブ作りっていう本質のところに目を向けてたつもりでも、知らなかったということなんです。何かというと、僕らの後ろで「命が犠牲になっている」ということでした。

沼田の歴史と「ミズノ ワールドウィン 赤カップ」
菅原:この革を作ってきた歴史を見ていると、もう何年くらいになるんでしたっけ?
沼田会長:うちがジュテルレザーとしてはまだ13年くらいですけども、沼田の革としての歴史は87年。そのうち野球のグローブを作ってきたのは54年ですかね。親父の時代、昭和47年にミズノさんから始まって、ワールドウィンから始まって。
うちとしてはミズノさん、ハタケヤマさんというこの2社から学んできたっていうのはすごくありますよね。グローブに関しての知識っていうのは作っている人(職人)しかわからないので、そういうところで学んできたのは大きいです。
神藤:ミズノさんが最初は色々あって、その後ハタケヤマさんが出てきたりとか、色々な流れがあったわけですね。
沼田会長:うちの親父の時代、「沼田産業」っていう時代で草加でやっている頃なんですけどね。ミズノさんが、それまで主流だったアメリカのグローブ(ローリングスやウィルソンなど)に対抗して、「野球のグローブに力を入れよう」となって徹底研究したんです。
「グローブには何が一番大事か」を徹底研究した結果、「革だ」ということになって、日本全国の我々タンナー(製革業者)のところに革を探しに来たわけですよ。草加は結構多く革屋さんがやってましたので、その時にミズノさんと知り合いました。
色々なタンナーさんの革でグローブを作ってプロや実業団に実用テストを出して、その中で選ばれたのがうちの革だった。それがきっかけですね。
菅原:その時にミズノの「ワールドウィン」ができて、「赤カップ」っていうのは結構有名な。青カップ、グリーンカップ(ソフトボール用)とかもありましたけど、赤カップだけはうちの革で。
僕も小学校の頃、赤カップ使ってましたから。ちょうど60代くらいの我々の世代は憧れでした。一昨年だかのお年玉を貯めて、1万5000円くらいで買った記憶があるんですよね。当時ワールドウィンで2万円くらい。日本でそういう記憶がありますね。そこでうちが野球のグローブを作り出したというきっかけです。
沼田会長:そこからミズノさんはノンスリップ(スピンブレーキレザー)とか、スーパーレザーとかツヤのあるレザーとか色々なものを開発していって。ミズノプロができた時に、キップ(中牛クラス)を使ってディーアップゾーンというのができたんですけど、キップレザーをグローブ用として世に出したのはうちが一番元祖ですね。今ではもう当たり前になりましたけど。

菊池涼介選手と「命を大切にする」哲学
菅原:子どもたちをここに連れてきた時に、工場見学の前と後でにグラブを触る時の表情がまるで違います。100%と言って良いほど終わってからの触り方が違う。今度大学4年生になる子が「今度は牛のために頑張る」っていうコメントをしてくれて。改めて「命を大切にする」「犠牲になっている」ということを再認識した結果でもあって。感謝の本質というのを大切にされているんだなと。
沼田会長:うちの感謝っていう実態を広めたいなっていうのはありましたよね。日本全国のタンナーの革でテストしてうちが選ばれたのも、やっぱり「命を大切にしている」ということが色々なところに出るんだと思うんですよ。
ただ物を作っている利益重視のところもあるかもしれないけれど、創業の時の魂が入っている感じがある。それは親父もそういう哲学的なことを大事にしていたので、俺たちも受け継いでいますね。手で作っているものだから、どういう気持ちで作っているかによって全く変わるものになっていく。
菊池涼介選手(広島東洋カープ)が3年連続で工場見学に(毎回4時間)来たのもそうですよ。プロ野球現役の選手で、3年連続で同じ話を4時間みっちり聞いていく。で、自分とこの若い選手も連れてきて聞かせている。彼なりにソウルを感じているんじゃないですかね。
菅原:彼は1年に1個しかグローブを使わない(厳選して大切にする)選手ですもんね。
沼田会長:そう、それを大事にしているってことでしょう。毎年要望がどんどん変わってくるので楽しんでいますよ。革は生きていますからね。うちの親父がよく言っていたんですけど、「この革の産業は仏の産業だ」と。要するに「一度亡くなった命に、革としてまた命を吹き込む、新たな価値を与える」と。そういうことはよく言っていましたね。

人から人へ届ける想い
菅原:今回、我々が企業として「観賞用グローブ」というのをぜひ作ってみたいと相談に来た時、正直どう思われましたか?
沼田会長:正直ね、「使われてなんぼの世界」だったから、使わないのはどうなのかなという疑念は感じました(笑)。ただ話が進む中で「それもありかな」と感じてきて。観賞用だからといってグローブにする必要がないようなものを作ったら我々の仕事にならないので、いつでも使えるような革で作っていきますけどね。偽物を作るわけじゃないし。
野球を通じてグローブに対する思いは人それぞれで、野球を離れてプレーできない環境になっても、観賞用グローブがあることで青春時代を思い出す。それが一番のコンセプトかなと。でもやっぱり使いたくなるようなものじゃないと駄目なので、最高の革で作っていきたいですね。

神藤:僕自身、社会人野球をやって以来野球に携わっていなくて、菅原さんに連れられてここに来た時に本当に心が躍ったんですよね。高校生くらいまでに1回はこういう原点に来て、誰がどうやって作っているかを知るべきだなと。
大人になって仕事をやって、もう一度いいグローブを買う。「元・野球人のロマン」みたいなものがあってもいいんじゃないかと思ったんです。最近のぐにゃぐにゃした革を見ていると違うなと思いながら、ここで一流の革に触れて当時を思い出しました。
菅原:グローブって自分の手元に来た時が80%〜90%の完成度で、100%にするのはその人自身。100%になってからが長いっていうのが、革の醍醐味ですよね。「育てる」という。
今回、7月7日に「神和(SHINWA)」という会社も設立しまして、観賞用であってもいつでも使える超一流のものとして提供していきたいと思っています。
沼田会長:日本の文化として、革の件はお任せください。ありがとうございました。
菅原・神藤:ありがとうございました!
